THE 倒産!


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23.閉店撤退

 

2004年4月、藤岡市におけるF社倒産後の店舗への出店。
店名は、「江戸前茶屋」と決めた。
居酒屋だった店舗をそのまま使って、テーブル席や座敷をうまく活かせれば面白い店ができると考えていた。
社内においてテーブルサービス店舗を運営する部門である外食事業部の管轄とし、そば・うどんと寿司を合わせたメニューを提供する店を作ろうとした。
元々が寿司の店を運営している我々なので、寿司の商品力には自信がある。ここに本格的なそば・うどんをセットにした、「寿司・そば・うどんの専門店」という触れ込みでオープンへ向かった。
自分が作る店舗には、すべて「伝説」を付けるようにしようと思っていたので、最終的に店名の頭に「伝説」を付けることにして、「伝説の江戸前茶屋」とした。
地元新聞等でも大きく取り上げてくれて、この出店がうまくいけば50〜60坪の空き店舗を改装しての出店が可能なように、ある程度今後出店を続けていくことを見越して考えていた。
というのも、このサイズがこれまでの回転寿司店の一般的な大きさだったわけだが、この頃になるとこの大きさの回転寿司店では、新しい競合店とはとても戦えない状況だった。
「うらしま」という回転寿司店は、ほとんどがこのサイズであり、この大きさの店舗をうまく改装して業態転換できれば、この後別の閉店店舗でも活かせると考えていた。
「伝説の江戸前茶屋」という店名ロゴも、ストーリー性があるイメージイラストも実に魅力的なものを作ってもらった。

 

後に、自分が外食産業から離れた後に会ったある外食企業の社長さんが、この時の新聞記事を見た時のことを覚えていて「正直、やられたと思った…」という話をしていたことがあった。
と、同時に「何故、あの店がダメだったんですかねぇ…」と聞かれた…。

 

この出店を成功させて、一気に弾みをつけて大きく店舗展開していく自分の姿を思い描きながら、その開店を迎えたのだが…。
これが、まったくの失敗店舗となったのだった。
まず第一に、料理が出なかった…。
混めば料理提供が遅れ、厨房がまったく機能しなかった。
人の教育を重視していれば何とかなる…。人がやる気になってやってくれさえすれば、使いづらい厨房でもやり切ってくれる…という精神論は、お金を掛けたくなかった経営サイドに立つ自分のあまりに勝手な考え方だったと感じた。
このことに気付いて、店の作り自体を手直ししていくことも考えたが、これから改装に手を付けて改めて資金をつぎ込むことよりも、この段階での撤退を選択した。
営業期間は5ヵ月間という、信じられないような内容で「伝説の江戸前茶屋」は店を閉めたのだった。

 

この期間に勤務してくれたメンバーは本当に頑張ってくれた。お客様に来て頂こうと看板を持って外に立ったり、アンケートを書いてくれた方々に一人一人返事を書いたり、今までどこにもないような新商品を開発しようとしたり…。
でも、お客様が来てくださった時には、料理がなかなか出せない…。
飲食店としての根本的な問題があるにもかかわらず、それを無視して自分の想いばかりで先走った結果がそこにはあった。
こうしてあの時のことを振り返っていると、閉店撤退をメンバーに伝える時の心臓が締め付けられるような感覚が今でも蘇ってくる。
閉店の日、店舗に来ていた自分が、午後にふと立ち寄った近くの靴屋さんで、その日の昼まで勤務してくれていた地元の従業員さんと偶然会った。
自分を見つけた従業員さんが近付いてきて、「残念です…」と涙目で言ってその後の言葉が出てこなかった…。
自分も何の言葉も返せず、「すみません…」と頭を下げて、しばらくその場を動けなかった。

 

4月にオープンした店を、9月に閉めて完全撤退する…という、無残な結果となったのだった。

 

 

(2014年11月29日発信)


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