THE 倒産!


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30.運命の2007年へ…。

 

運命の2007年になって…。
正直、前年末の年末商品販売で大量在庫を残すことになった結果は痛かった。
会社にとっても、自分の気持ちの部分においても…。
2007年は、今後どうやって会社を存続させるか…、を考えながらのスタートだった。
大型SCの店舗があったので、創業以来初めて元旦営業する店舗を作り、自分も元旦から業務に出て各店舗をまわった。

 

自分の中では、資金繰りで困った時に協力をお願いする順番は、すでにかなり前から決めていた。
まずは、金融機関への返済であり、次にリース料。ここまでやった後にどうしても苦しくなったら仕入業者さんへの支払いを1ヶ月先送りにしてもらう…。
従業員給与で協力を頼むのは一番最後で、それはまずは自分と親族関係者で、一般社員に対しては最後の最後。もしここまで苦しくなった時には法的手続きを取る…と。
こうした手の打ち方は考えてはいても、絶対にそうならないように…と思って、様々な手を検討していた。

 

各店舗状況は、利益獲得店舗と赤字店舗がハッキリしてきている状況が続いていて、もうこれは待ったなしの状況だった。
ただし、こうして多店舗で営業している店舗から複数の店を閉める場合、閉めた店舗の売上がゼロになることをしっかり考えておかないと翌月の支払時に資金ショートする。この時の協力を金融機関や仕入業者に理解しておいてもらわないと、残した店舗の営業にも影響が出る。
こういうことは以前倒産したF社幹部からも聞いていた。店舗別損益表の赤字店舗だけ消せれば利益店舗が残って黒字になる…、という簡単なわけにはいかず、それぞれが微妙に影響しあっている関係も考えておかないとうまくいかない…、ということは意識していた。
この頃には、県の再生支援機関に協力を頼んでいて、指導コンサルタントが来てくれていた。
この指導員にアドバイスをもらいながら、会社再生へ向けて取り組んでいた。
金融機関に対して、様々な資料を作成し再生へ向けての取り組みを説明しながら、協力を求めてまわった。
春からは、店舗での仕入発注業務をネットを使った発注システムに切り替えて、原価管理を徹底できる方策に取り組んでいった。
全仕入業者を集めて事業説明会を行ったが、こうした取り組みはすべて何とか生き残ろうと思って導入していったことだった。
こうした積極的に動いていく会社の姿勢を見せることで、金融機関に会社への協力を頼んでいた。
この時にこの発注システムを導入しなかった店舗が何店かあったが、これらの店舗が赤字店舗であり、ここは撤退か売却を考えていた。
この時期は、一方では売上獲得を指示し、一方ではコストの徹底削減を指示し、自分自身は金融機関をまわって状況を説明し協力を求め、不採算部門については撤退なりM&Aを考えて動きまわっていた。
M&Aに関しては専門機関に相談していたが、不採算部門だけのM&Aは難しいとの返答で、会社全部をまとめて考えるなら…、と言われた。
でも、自分としては利益店舗はこの先も自分でやっていきたかったので断った。
会社のある本社ビルも売却しようと思って動いていたが、なかなか納得のいく条件にならずに、時間が過ぎて行った。
こうして自分自身の動きは、店舗の営業活動がどうということよりも、会社をどう存続させていくかにおける動きがほとんどになっていた。
それでも、これまでにも何度となく危機を乗り越えてきているわけで、必ず道はあると信じていた。

この段階での自分の考えは、不採算部門を整理して利益店舗だけを残して、とにかく早く会社を落ち着けて、店舗の営業活動に目を向けて再度会社を前へ進めていくんだという気持ちだった。

 

 

(2014年12月6日発信)


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