THE 倒産!


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36.可能性を探して…。

 

2007年11月、このままで行けば、4ヶ月後に大きな支払不能の状態がやってくる。
その時までに、何とかしないと会社は終わってしまう…。
最悪の場合のことについて、創業者であり自分と共に会社借入金の連帯保証人になっている両親とは話をしていた。
一時的に、両親と個人のお金を注ぎ込むことは覚悟していた。最悪の時が来たとして、こうして数か月は持ちこたえることができるだろう。
しかし、根本的な部分である赤字店舗の閉鎖撤退ができないと、すぐにまた同じ状態が繰り返されることに変わりはない。
もし、法的整理に踏み切るにしても、それをするにもお金が必要だ。まったく資金が底をついてしまったとしたら、法的整理すらできなくなるのだ。
それを考えれば、個人のお金を注ぎ込むにしてもその時期が大きな問題だった。
これを最終決断用に取っておいて、最後まで最大限の努力をして最悪の事態を回避できるように動こうと思っていた。
最悪の時をできるだけ先に延ばすことで、起死回生の何かが見つかるかもしれない。
とにかく、自分としては、できる限り可能性を探して、生き残る道を見つけよう…と、そう考えていた。

 

2007年11月6日、再度メインバンクに協力のお願いに行った。翌年2月にやってくる大きな資金不足の見込みと、赤字店舗撤退後に起こる事態に対しての協力をもう一度頼んだ。
メインバンク側は、検討するとの回答だった。
前回の交渉時よりも何となく一歩進んだような感覚があった。
実は前回の交渉時には、ある痛烈な一言を言われていた。
その言葉はずっと自分の頭の中に残っていた。その言葉を言われた瞬間に、自分の中ではある決意があったのだが、それでも会社全体のこれからのことを考えると、そこはガマンするしかないと思っていた。
この日は、前回とは少し違った対応だったので、何とかなるかも…という思いがあった。
この日の夕方、自分の携帯にメインバンクの決定責任者から連絡があった。会いたい…とのことだったが、自分はちょうど出掛け先でこの電話を取った。
すぐには戻れなかったので、翌日の午後に会う約束をした。
この電話が来た時、ある人に会っていた。それは、4年前に倒産したF社の倒産時の代表者だった。
この日の午後、突然元F社代表からの電話があり面会を求められた。
自分もお願いしたいことがあったので、先方の今の会社へ行った。
元F社代表はこの時、F社のスポンサー企業として複数の店舗を引き取った企業で、引き継がれた店舗の運営を任されていた。
この人の話と言うのは、元F社から継続して運営している複数店舗をまとめて買い取ってくれないか…、ということだった。
自分が話をしたかったのは、自社の赤字店舗をこのF社のスポンサーとなった会社に買い取ってもらえないか…、ということだったので、お互いに自分の持つ店舗の運営に苦しんでいたのだ。
改めて、自社の現在の状況について話した。
同じ境遇を味わった人だけに、いろいろとアドバイスをしてくれた。

最後に、「おたくがそんなことになっているとは思わなかった…」と言っていた。
自分もスポンサー会社に引き取られた店舗が、そこでもまた同じ状態に追い込まれているという現実がショックだった。

 

その後、電話で再生指導コンサルタントに連絡を入れた。
メインバンクから連絡があって、明日会うことになったということを伝えた。
再生指導コンサルタントは、「もしかしたら、支援協力をしてくれるのかもしれない…」と言った。
メインバンクとしても、もし本当に法的整理ということになれば、それは困るので最終的には話に乗ってくれるだろう…、ということは、これまでもいろいろな方の見解として一致していた。
自分も最終的には、そう動いてくれると思っていた…。

 

ところが…。

 

 

(2014年12月12日発信)


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