THE 倒産!


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45.もう、戻れない…。

 

2007年11月27日、火曜日…。民事再生申立書類提出当日。
裁判所への申立書類提出は夕方とのことで、午後4時過ぎに裁判所で弁護士の先生との待ち合わせとなっていた。
この少し前に、最終的な再生スポンサー企業について聞かされた。
県内の外食企業で、この社長さんのことも以前から知っている方だった。まずは、店舗の営業が継続できる見込みがハッキリしてきてホッとしていた。
ただ、この時点でまだそんなことを口にすることはできないし、夕方の申立書類提出までは誰とも会わずにいようと思い、車で県内各地を走っていた。ここまできてしまったら、誰に相談することもできないし、かと言ってじっとしていることもできなかった。
夕方、裁判所へ民事再生申立書類を提出すると、明日以降自分にはどんなことが起こっていくのだろうか…と、そんなことを考えながら、車を走らせていた。

 

民事再生申立後の計画は、弁護士事務所指導である程度出来上がっていた。
申立の1週間後には、債権者説明会を開くための会場を抑えた。
この時には再生スポンサー企業への店舗譲渡の流れを固めて、債権者説明会で報告できるようにする計画だった。
すべては、すでに自分の手を離れていろいろな人が動いてくれている中で進行していた。
再生スポンサーが決まれば、店舗の営業継続が確実になるし、従業員の雇用も仕入先との取引も今まで通り継続していくことができる。
自分の会社は終わっても、新しい会社になって経営者が変わり、店舗では今までと同じように営業が続く。
これで良かったんだ…。こうするより他になかったんだ…。と、自分で自分に言い聞かせていた。

 

夕方4時、裁判所へ着いた。まだ弁護士事務所関係者の姿はなく、しばらく一人で入口脇のホールのベンチに座って、ホールに置いてある液晶スクリーンで流されている裁判制度のビデオ放送を眺めていた。
11月末の夕方は冷え込みも厳しく、徐々に薄暗くなっていく外の景色が、いよいよ迎えた会社のラストシーンを象徴するように思えてきて、何ともたまらない寂しさを感じていた。
やがて、弁護士が到着し、裁判所職員と簡単なやり取りをしていた。自分は近くに立って、そんなやり取りを見ながら、これから起こることに対しての不安と闘っていた。
そしてこの時、すべてを受け止めるしかない。これからどんなことが起ころうが、すべての出来事を受け止めていこうと、改めて自分の腹を決めた。
自分自身がこれから先、凛とした姿勢で起こるすべての出来事を受け止めていけばいいんだ…、と思った。だから、この場でも決して下を向くのでなく、前を向いて行こう…と、意識して胸を張って立つようにしていた。
最悪の事態を避けるために決断したことであり、自分が卑屈になって下を向いていたのでは、これから先自分に襲い掛かるであろう荒波を乗り越えていくことなんてできない。
そう思って、強く強く、自分自身の気持ちを奮い立たせて、しっかりとすべてを受け止めていくんだ…と思っていた。
その後、裁判所のある部屋に自分と弁護士先生が呼ばれ、二人で並んで座った。
テーブルを挟んで向こう側に、裁判所職員と思われる方が二名座った。
テーブルの上に置かれた民事再生申立の書類を前に、裁判所の職員の一人の方が話し始めた。

 

「…この度の決断に対して、心から敬意を表します」

 

えっ…、と思った。
あまりにも思いがけない最初の声掛けに、驚いたと同時に一気にこれまでの様々なことが胸に蘇ってきた。
前を向いて、胸を張ってしっかりと受け止めようと思ったこの瞬間だったのに、思わずグッときてしまい、視界がボーっと滲んだ。
そうだ…。自分はこの決断をしたんだ…。もう戻れないんだ…。と、これまで会社をいろいろな場面で支えて来てくれた人たちの顔が浮かんできて、何とも言えない悔しくて、残念な気持ちが湧き上がってきて心の中いっぱいに渦巻いた。
しばらく目を閉じて、浮かんでくるこれまでの様々な場面に、この瞬間だけは、感傷的になった。
この瞬間だけは…。

 

その後、民事再生申立に関する書類の確認と、何かいろいろと話していたようなことを覚えているが、内容に関してはまったく覚えていない。
ただ、最初の一言、あの言葉を聞いた時、本当にいろいろなことが瞼に浮かんできて目が明けていられなかったことは、ハッキリと覚えている。

 

これから先は、そんな感傷的になっている暇もない位のうねりの中に巻き込まれていった…。

 

 

(2014年12月21日発信)


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