THE 倒産!


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31.ここまできて、やっと…。

 

2007年夏、ここまで不採算部門の処理において複数の企業と交渉を続けていたが、目立った進展がないままに時間ばかりが過ぎていた。
これ以上、進展がないままにはできないと思い、まず「総合センター」を8月で閉鎖することを決めた。
閉鎖撤退店舗の社員は、残す店舗で吸収していこうと考えていたのだが、「総合センター」においてはある社員から独立して経営したいとの申し出があった。
店舗も機材も人員も含めてすべてをまとめてこの社員に引渡し、会社で賃料をもらう形を残して分割した。
こうして、2007年8月をもって「総合センター」を閉鎖した。
自分としては赤字店舗を順次閉鎖していき、利益店舗を残すことで何とか会社を維持運営していこうと思っていた。
ただし、この閉鎖のやり方を間違えると一気に資金ショートする恐れがあったので、慎重に資金繰りを考えながら進めようと思っていた。
こうした動きの中で、渋川市に大型100円均一回転寿司の出店があった。前年にも回転寿司競合店の出店があったのだが、短期間に続けての大型競合店出店だった。
「創業店」の強みであった持ち帰り寿司においても、近隣の大型スーパーが軒並み寿司セットに力を入れてきた。
この状況で、「創業店」の売上はついに500万円を割り込んだ。
かつて4千万円を超えていた店の売上が、何と10分の1になったのだった。
こうなって初めて、「創業店」閉鎖撤退へ向けての考えに対して創業関係者からの強い反対意見は聞かれなくなった。
誰もがもうこの状況を認めるしかなかった。
事態はここまできてしまっていた…。

 

でも、自分はやっとこれで本格的に動けると思っていた。
会社としてずっと抱えてきたこの親族問題が落ち着けば、思い切った手も打てるし、何とかやれるという考えだった。
これからが本当に本格的なスタートなんだ…、という思いを持っていた。
まずは取引のあるすべての金融機関をまわって、借入金の返済をすべて一時止めてもらった。
金融機関への返済をすべてストップしたことで、新規融資を期待することはせずに、この後は自社の売上のやり繰りで赤字店舗の順次撤退を考えていくことにした。
それでも、やっと一本化して会社方針が通せる形ができて、自分の計画通りに赤字店舗の閉鎖撤退を進めていくことができれば、何とか生き残れると思っていた。

 

2007年の夏は、こうしたやり繰りの中で過ぎて行った…。

 

 

(2014年12月7日発信)


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